【いつも蕎麦にいるよ】 八杯目 JR新宿駅『本陣』
【登場人物】
望月一平(25)ホスト
【登場そば屋】
JR新宿駅 東口改札付近『信州そば 本陣』
本陣そば ¥570-
生ビール(ジョッキ)¥500-
おつまみ3点盛り ¥310-
「今月のナンバー2! 隼人!」
ホスト仲間たちから羨みの拍手をもらいながら、給料袋をもらった。
今月も売上2位だった。
隼人は俺の源氏名だ。本名は一平。昔からこの地味な名前が嫌だった。
「ナンバー1は今月も亮雅!」
立ちはだかる壁、ウチのNo.1ホストの亮雅さん。
俺が入店した時からNo.1に君臨し続ける先輩だ。
亮雅さんの背中を見て接客を覚えた。
天才タイプの亮雅さんとは違い、俺はコツコツと売上を伸ばして、ようやくNo.2になることができた。
だが、なかなか亮雅さんの壁は越えられない。
いつかNo.1になってやる。
悔しい思いを抱えたまま家に帰り、Netflixで『おそ松さん 第2期』を再生させる。
別に俺はアニメが好きなわけではない。
アニメ好きの客が来た時に話を合わせられるように見ているのだ。
他にも、流行の歌、ドラマ、バラエティー番組をチェックする……時間はいくらあっても足りない。
亮雅さんは客に話を合わせたりしない。
自分の話をしているうちに、気付いたら客が亮雅さんに愚痴や悩みを吐き出している。
俺にはできない芸当だが、俺は俺のやり方で1位になってやる!
天才に凡人が勝つためには努力しかないのだ。
「一気いきます!」
売上を上げるために、道化を演じて酒をガバガバと飲む。
イケメンには産んでもらえなかったが、内蔵が強いことだけは親に感謝している。
横目で見ると、亮雅さんは烏龍茶を飲んでいた。
一切酒を飲まない亮雅さん。
それなのに、No.1をキープし続ける亮雅さんはやっぱりすごすぎる。
また亮雅さん指名で客が来店した。
その客を見て、俺は一気飲みしていた酒を気管に詰まらせてむせ返ってしまった。
七海……。
その客は高校の野球部でマネージャーをしていた同級生だった。
いや、ただの同級生ではない。俺が好きだった女だった……。
野球一筋だった少年時代。
甲子園に出場したこともある地元では有名な野球部のある高校に入学することができた。
同じ学年でマネージャーとして入部したのが七海だった。
必死にレギュラーを目指して練習した。
物心ついた時から毎日1000回の素振りを欠かしたことはない。
バッティングには自信があった。
守備はキャッチャーになり、同じ学年のピッチャー・圭人とバッテリーを組んだ。
先に頭角を現したのは圭人だった。
2年生になったときには、圭人はエースピッチャーとして君臨した。
なかなかレギュラーになれない俺を励ましてくれたのが七海だった。
俺は七海を好きになり、七海のためにもレギュラーになることを誓った。
3年生になり、ようやくレギュラーになれたのだが、七海は圭人と付き合い始めた。
夏になり、地区予選決勝でライバル校に負け、俺の野球人生は終わった……。
その七海がホストに来るなんて……。
会うのは高校卒業して以来だった。
七海は派手になり、ホストにも慣れている様子だった。
話しかけたかったが、亮雅さんの客に勝手に話しかけるわけにはいかなかった。
2時間滞在し、七海は帰っていった。
閉店後、迷惑にならない時間帯まで待って、俺は七海に電話をかけた。
まだ使われている番号かもわからなかったが、無事にコールが鳴った。
「もしもし」
繋がらないと諦めかけた時に、七海の声が受話器から響いた。
「七海? 望月だけど……」
「一平君、ホストになってたんだね」
七海も俺に気付いていたようだ。
「うん……七海がウチの店に来てビックリしたよ」
「私も一平君がいてビックリしたよ。気まずくて無視しちゃったけど……」
「……圭人とはまだ続いてるの?」
「卒業してから別れたよ」
「そっか……ホストとかよく行くの?」
「……まぁ、それなりに」
「……お金もったいなくない?」
「は? ホストの一平君に言われたくないんだけど」
「そうだけど……ホストにハマって大変な思いしてる客も見てるから……」
「だから、その女から巻き上げた金で生活してるんでしょ?」
「……これからも亮雅さんのところに通うの?」
「一平君には関係ないでしょ」
「……俺が亮雅さんを抜いて、No.1になれたら、俺を指名してよ」
「ホストは永久指名で、指名替えはご法度じゃん」
「店替える」
「……金払って知り合いと飲みたくないんだけど」
「絶対にNo.1になるから!」
一方的に言い放ち、電話を切った。
七海は一度もYESとは言わなかったが、俺は勝手に約束した気になっていた。
俺はNo.1になる決意を固めるために、七海を利用しただけなのかもしれない。
だが、No.1になって今度こそは七海に告白したいと思っていた。
野球部の時にレギュラーになったら告白すると決めていたのに、その前に圭人と付き合ってしまったので、告白できずにいた。
次の日から、がむしゃらに酒を飲んだ。
必死に盛り上げて、客に酒を注文してもらう。
その酒をすべて胃袋に注ぎ込む。
限界がきたら、トイレでこっそり吐く。
俺は泥にまみれることでしか売上を上げられない。
たまに七海が来店しては、俺に見せつけるように亮雅さんにシャンパンなどを入れていた。
俺ががんばればがんばるほど、七海は亮雅さんに金を使った。
それでも負けるわけにはいかなかった……。
そして、売上発表の日が訪れた……。
支配人が順位を発表していく。
「今月のナンバー2は……亮雅!」
やった……つまり俺は……。
「そして、ナンバー1は隼人!」
ホスト仲間の驚愕の拍手を浴びる。
分厚い給料袋を受け取った俺に、亮雅さんが話しかけてきた。
「お前の飲みっぷりに負けたよ……でも、来月は俺が勝つ」
「亮雅さん、ありがとうございました。でも、俺、ホスト辞めます。No.1になったら辞めるって決めてたので」
「そうか……勝ち逃げかよ」
「すみません……」
亮雅さんが手を差し伸べてきて、俺達は握手をした。
亮雅さんは俺にとって、尊敬する先輩であり、ライバルであり、恋敵だった……。
その関係が今終わった。
ホストを辞めると言ったのは本当だった。
七海に言った時はNo.1になったら店を替えるつもりだったけど、がむしゃらにやって少し疲れた。
途中からNo.1になったらホスト自体辞めようと思うようになっていた。
帰り道、いつも朝方に寄っていた新宿駅のそば屋に入った。
まずはビールとおつまみ3点盛りを注文し、一人だけの送別会。
ビールを一口飲んで、スマホを取り出し、七海にLINEを送った。
No.1になった報告に続いて……。
『ホスト自体辞めるけど、七海が指名してくれたらいつでも飲むよ』
と、送付した。
既読にならなかった。
こんな時間だし、さすがに寝ているか。
ビールを半分飲み干し、そばを注文した。
いつも食べていた看板メニューの『本陣そば』。
ここで食べる〆のそばも今日でラストか……。
噛みしめるようにそばをすすった。
食べ終わった後はいつもそば湯で締める。
疲れた胃にあったかいそば湯が染み渡る。
これからは酷使した内蔵をいたわろう。
「お疲れ様」と、そば湯が言っているように感じた。
ピロンとLINEの着信音が鳴った。
七海からの返信だろうか……?
LINEを開くのが緊張する。
まるで高校生に戻ったような気持ちだった。
期待と不安が入り混じり、汗をかいた手で、俺はスマホのLINEを開いた……。
<終>
JR新宿駅 『信州そば 本陣 ルミネエステ新宿店』
新宿駅東口構内にある立ち食いそば屋。
朝方に行くと飲みつぶれている人たちが最後の〆を食べていることが多い。
アルコールで荒れた胃をそばが癒やしてくれる。
揚げ玉、油揚げ、山菜、わかめ、温泉卵が乗った、まさに全部乗せの本陣そばがコスパ良し!
色んな具材がトッピングされているのに、一体感を感じる旨さ!
ビールとおつまみ3点盛りで最後の一杯を飲むのもいい!