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【いつも蕎麦にいるよ】三杯目 JR新橋駅『ポンヌッフ』

【登場人物】
杉田英二(34)投資家

【登場そば屋】
JR新橋駅 銀座口ガード下『ポンヌッフ』
わかめそば ¥370-

タイム・イズ・マネー。時は金なり。
俺の一番好きな言葉だ。
無駄な時間は一秒たりとも過ごしたくない。
ラーメン屋に30分並んで食べる奴の気が知れない。
ちんたら飯を食っている間に、株価が変わったらどうするというんだ。
そんな俺にピッタリの店が新橋にある。
「1分で提供 時は金なり」のポスターに惹かれて入ったそば屋『ポンヌッフ』だ。

1分どころか、30秒程度でそばが出て来る。
ここでわかめそばを食べるのが、いつもの日課だった。
大量のわかめで食物繊維も取れて一石二鳥。
他の客もサラリーマンが多く、慌ただしく入ってきては、さっと食べて、すぐに出ていく。
新橋に事務所兼自宅を構えたのも、そんな慌ただしい街が好きだからだ。

そばを食べ終え、株式取引の後場が始まる12時半前に自宅に戻る。
株価グラフとにらめっこをしながら、売買を繰り返した。
元々、サラリーマンをしながら株を始めたのだが、俺の性に合っていたらしく、すぐに儲けが出た。
毎日会社に行くのがバカらしくなって退職し、今は投資だけで生活している。
15時に後場が終わり一段落していると、けたたましい音でLINEの着信音が鳴った。
そうか、今日は彼女の歩美とディナーに行く約束をしていたんだっけ。
「めんどくせーな」
そう呟きながら、俺は外出する準備を始めた。

待ち合わせの新橋駅銀座口に時間ピッタリに向かう。
歩美の姿はなかった。
腕時計を見ながら、無駄な時間を計る。
5分32秒経って、ようやく歩美が現れた。
「ごめん。待った?」
「5分32秒の遅刻」
「帰ろうとしたら、上司に呼び止められちゃって」
「そう。早く行こうぜ」
「うん……」

歩美を銀座の高級イタリアンに連れて行った。
レストランなんて時間ばかりかかって嫌いだったが、高い店に連れて行けば満足するんだから、女なんて簡単だ。
俺はメニューを適当に決めたが、歩美は迷っている様子だった。
「まだ?」
「うーん。どれも美味しそうで迷っちゃって」
「全部頼めばいいじゃん。金ならあるから」
「そんな食べきれないよ」
「残せばいいじゃん。迷ってる時間の方がもったいないって」
「……もうなんでもいい。英二と一緒の頼んどいて」
あーあ、不機嫌になりやがった。
俺も間違ったことを言っているとは思ってないので、謝りたくはない。
「何? 怒ってんの?」
「別に……」
「機嫌直せよ。喧嘩してる時間がもったいないって」
「時間ばっかり気にして、そんなに私と一緒にいるのつまらない?」
「そういうことじゃないって」
「そういう風に聞こえるんだけど」
「無駄な時間が嫌いだって、いつも言ってるじゃん」
「……もういい。英二とは価値観が合わないよ。さようなら」
歩美が席を立って出ていった。
ドラマならここで追いかけるんだろうが、まぁいいや。
女の替えならいくらでもいるさ。
俺もさっさと店を出たい気分だったが、目の前に料理とワインがきているので仕方なく食べることにした。
食事しながら、片手でスマホの経済ニュースを見る。
とある見出しで、俺の手は止まった。
伸びしろがあると思い大口の株を所有していたアミューズメント会社が不渡りを出したニュースだった。
もう口に運んだ高級料理も何も味がしない……。

損を取り戻そうとやっきになったが、株は熱くなったら負ける。
そんな当たり前のことにも気づけなかった俺は、ほとんどの資産を溶かしてしまった。
もうどうすることもできない。
金がなくなり、俺には時間だけが残った。
時間はあっても俺は『ポンヌッフ』に通った。
こうなってしまっては、もう一つのポスター「大盛 0円無料」の方に魅力を感じる。

わかめそば大盛りを食べていると、声を掛けられた。
「お隣いいですか?」
見上げると歩美がいた。
こんな俺を笑いにでも来たのか。
黙っている俺の横で、歩美もわかめそばを食べ始めた。
思えば、歩美と一緒に働いている時もこうやって『ポンヌッフ』で並んでそばを食べたことがあった。
歩美はそばの方を見ながら話し始めた。俺もそばを見ながら答える。
「会社に戻らない?」
「今更どの面下げて戻るんだよ」
「ウチの部署の社員が一人辞めて、今大変なんだよねー」
「……しょうがねーな。手伝ってやるか」
「その代わり、私の部下だから」
「……はい」
かつて部下だった歩美に使われるのか。まぁ、それも悪くない。
もう一度、実力でのし上がってやるさ。
今は有り余った時間で、ゆっくりとわかめそばを味わおう。
また忙しい毎日になることを願って……。

<終>

JR新橋駅 銀座口ガード下『ポンヌッフ』


立ち食いそば屋好きなら誰もが目を引く佇まいの店!
ポスターに偽りなく、本当にあっという間にそばが出てくる。
次から次にサラリーマンが入っては、食べ終えて出ていく。
回転率の高さは駅のホームにあるそば屋以上だ。
おまけで入れてくれる天かすが味わい深くて美味!

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