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【いつも蕎麦にいるよ】 七杯目 JR五反田駅『道中そば』

【登場人物】
三谷里帆(29)ヘアメイク

【登場そば屋】
JR五反田駅 山手線ホーム『道中そば』
鴨そば ¥470-

「大盛りつゆだくで!」
それが香織との出会いだった。
場所は私が働いている五反田のセットサロン。
セットサロンとは、美容室と違い、散髪よりも髪型をセットすることに特化した店だ。
メニューによってはメイクも行う。
ボサボサ頭でメイクも崩れ、ひどい状態で来店してきたのが香織だった。
私が担当することになり、軽く挨拶をすると、冒頭の言葉を言われたのだ。
「飲み明かしちゃって、家に帰れなかったから出勤までになんとかして」
え……? 今の時間はすでに18時を回っている。
何時から飲んでいたというのだ……。
メイクを落とし、一からメイクを始める。
最近はキャバ嬢の盛り髪ばかりやっていたから、久々に腕が鳴った。
腕まくりをして気合を入れる。
やりがいのある仕事だった。
仕事が楽しいと思えたのは、ずいぶん久しぶりのように感じた。

1時間後。
香織のヘアメイクが完成した。
元が良かったから、めちゃくちゃ美人に仕上がった。
メイクされながら、うたた寝していた香織を起こして、鏡で確認してもらう。
「すごい! やっぱりプロは違うね」
「ありがとうございます……」
「自分でするより全然いいや、これから出勤前に通うね」
こうして香織との交友が始まった。

香織が提案して、色んなメイクを試した。
香織のために新しいメイク道具も買った。
二人で、『サクラ』を作り上げていく。
そんな感覚だった。
『サクラ』が香織の源氏名だった。
源氏名を決める時に飲んでいた日本酒が『越後桜』だったから、そこから付けたらしい。
なんとも香織らしい理由だ。
香織が早くあがれた時は、一緒に飲みにも行った。
「なんで里帆は自分のメイク、ちゃんとしないの?」
一回りも年下の香織に呼び捨てにされても、不思議と嫌ではない。
「私は、メイクしても見せる人もいないし……」
「ダメだよ! いつイイ男と出会うかわからないんだから。女が外に出る時はいつでも戦闘モードでなきゃ!」
「二日酔いでボロボロになる香織に言われてもねぇ……説得力がないというか」
「私は戦った後だからいいの!」
「そっか(笑)」
美人なのに大酒飲みで気取らない香織のことが、どんどん好きになっていった。
この歳になっても、こんなに気の合う友達ができるのかと、嬉しくなった。
雑誌の仕事がなくなり、なんとなく惰性でしていたセットサロンの仕事も楽しくなった。
香織とは友達。
……そう思っていたのは私だけだったのかもしれない。

突然、香織が店に来なくなった。
LINEを送っても、既読にすらならない。
他のキャバ嬢の噂では、ホストにハマって、ツケが払えなくなって蒸発した。などと言われていた。
信じられなかった。香織はそんなタイプではない。
香織が仮にホストに行ったとしても、逆に手球に取ってる姿しか想像ができない。
一ヶ月経っても、私はLINEが既読にならないかチェックしていた。
まるでフラれた女だな。
自分が可笑しくなると同時に、香織にとって私はどうでもいい存在だったのかと思うと悲しくなった。
香織が来なくなって、私はまた惰性で仕事をする日々に戻った。
香織に言われてしていた、自分のメイクもどんどん薄くなっていった……。

それから半年の月日が経った。
お店のドアが開いて、懐かしい声が店内に響いた。
「大盛りつゆだくで!」
香織だった。
「連絡しなくてごめん」
席に着くなり、香織が謝ってきた。
「何があったの?」
香織が来てくれて嬉しいのに、素っ気なく返事をしてしまう。
「ここじゃ話しづらいから、仕事終わったら飲み行こう」
「わかった……」
鏡越しに香織が見つめてくる。
「自分のメイクさぼってんじゃん!」
「……だって、見せる人が突然来なくなったんだもん」
「私に見せてもしょうがないでしょうが(笑)」
「今日は奢ってもらうから」
「もちろん。八海山でも、久保田でも、十四代でも、なんでも好きな酒飲んでよ」
「全部日本酒(笑)」
二人で久々に笑いあった。

「テレビ局のアナウンサーに内定した」
「へ……?」
ビックリして、飲んでいた秋田の銘酒『NEXT FIVE』を吹き出しそうになった。
香織は確かに大学生だったが、就活している様子なんて微塵も感じていなかった。
「私は別にいいと思うんだけど、キャバクラで働いてたことを隠さないといけなくなって」
「そうなんだ……」
「色々バタバタしてて、里帆に連絡もしそびれてて……今更LINEで言うのもなぁって思って、直接報告しに来たってわけ」
「香織が女子アナねぇ……想像できない(笑)」
「だよね(笑)……報告の他にも相談があるんだけど」
「何?」
「いつか、私の専属ヘアメイクになってくれない?」
「へ……?」
今度は『NEXT FIVE』を吹き出してしまった。
「最初はヘアメイクの指定なんてできないと思うけど、すぐに売れて指名できるようにするから」
「……ちょっと考えさせて」
五反田の場末からテレビ局なんて……想像しただけで膝が震える。

その日は朝まで飲み明かした。
久しぶりの香織とのお酒は楽しくて、ついつい飲み過ぎてしまった。
五反田駅に行くと、すでに通勤ラッシュが始まっていた。
「シメにそばでも食べて帰ろう」
香織が提案して、ホームにあったそば屋に入店した。
あったかいのが食べたくて、『鴨そば』を注文した。
「大盛りつゆだくで!」
香織が『大盛りざるそば』の食券を渡しながら店員に告げた。
その言葉を聞いて、楽しかった日々を思い出した。
一緒に『サクラ』のヘアメイクをした日々……。


香織とカウンターに並んで食べ始める。
そばのつゆが五臓六腑に染み渡った。
体が塩分を欲していたのだろう。
香織がアナウンサーになったら、こうして一緒に飲むこともなくなってしまうのか……。
だが、一緒に仕事をすることができれば……。
「香織の専属ヘアメイク、やらせて」
「やっと腹くくれた?」
「うん。香織が出世するまで、私もヘアメイクの腕鍛えておくよ。自分磨きもして、香織のヘアメイクにふさわしい女になる」
『鴨そば』の味と共に、私は決意を心に刻んだ。

そば屋を出ると、内回りと外回りの山手線が同時に来た。
私たちの家はそれぞれ反対の電車だった。
「また一緒に仕事をして、旨い酒を飲もう」
「うん」
握手をして、それぞれの電車に乗り込む。
これからは、しばらく別々の道を歩くことになるだろう。
だが、いつか交わる。
山手線が半周するころには……。

<終>

JR五反田駅山手線ホーム『道中そば』


五反田駅の山手線ホームにある立ち食いそば屋。
ホームにある店としては広々とした店内。
寒いホームでほっと一息つけるオアシス。
鴨そばは鴨の味がしっかりと出ていて旨い!
五反田で飲んだ帰りのシメにちょうどいい!

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