【いつも蕎麦にいるよ】 十一杯目 都営浅草線浅草橋駅『越後そば』
【登場人物】
米澤次郎(68)定年無職
【登場そば屋】
都営浅草線浅草橋駅 改札内『越後そば』
浅草橋そば ¥480-
妻を病気で亡くして、2ヶ月が経った。
四十九日の納骨が終わっても未だに実感が湧かない。
長い旅行に行っていて、ある日フラッと帰ってくるんではないか……などと感じてしまう。
家に一人でいても、腐るだけなので、妻とよく行っていた浅草寺にでも行ってみようと、重い腰を上げた。
何十年も働いた習慣で、朝は早く起きてしまう。
この時間は満員電車なのだが、久しぶりの通勤ラッシュを味わうのもいいかと、出発した。
五反田で都営浅草線に乗り換える。
あとは浅草まで一本だ。
案の定、満員電車に揺られていると……。
「お爺さん、どうぞ」
優先席付近に立っていたから、席を譲られてしまった。
もうお爺さんと呼ばれるような歳なのか……。
内心ショックを受けながらも、断ってもせっかくのご好意に水を差すと思い、おとなしく座ることに。
電車の揺れが懐かしくて、心地よくて、ついついウトウトとしてしまう……。
「……あさくさ……です。お忘れ物ないように……」
車内アナウンスを聞いて、ハッと目覚めた。
降りなければ。
人混みをかき分けて、なんとか降りることができた。
降りてから気づいた。
ここは浅草ではなく、2駅手前の浅草橋駅だ……。
しまった! と思いつつも、急いでいるわけではないので、浅草まで歩いてみようと思い立つ。
改札を通り、エスカレーターを上ると、ハッピを着たオジサンが目に入った。
「ガッツ!!」
と、通行人に声を掛けながら、拳を掲げている。
浅草橋ではいつもの光景なのか、通行人も笑顔でオジサンに拳を合わせていく。
「ガッツ!! 今日も元気に頑張っていきましょう!」
オジサンが私にも拳を掲げてきた。
あっけにとられながらも、拳を合わせる。
なんとも下町風情のある光景だった。
浅草橋駅を歩くと、皮素材のお店が目に入った。
「買って帰ったら、喜ぶかもしれないな」
と、手芸好きだった妻のことを思い出してしまった。
買って帰っても、もう喜ぶ相手もいない……。
隣に妻がいれば……などと、考えてしまう。
思えば、晩年は一緒にどこかに行ったりなどしていなかった。
仕事も定年して暇なのだから、もっと色んなところに一緒に行ってみれば良かった。
浅草に向かって裏路地を歩いていると、神社に突き当たった。
『鳥越神社』と書かれてある。
せっかくなので、参拝してみることに。
落ち着いた境内に癒やされる。
スマホで地図を見ると、浅草まではまだまだありそうだ。
浅草は諦めて、今日は浅草橋の散歩に切り替えよう。
お守りを買って、神社をあとにする。
隅田川沿いを歩き、浅草橋駅へと戻る。
川では屋形船が優雅に過ぎていく。
こんなにゆったりとした気分になれたのは、いつぶりだろうか……?
今日の夜は息子家族が来ると言っていた。
そろそろ帰るとしよう。
都営浅草線の浅草橋駅へと戻ってきた。
改札をくぐると、目の前にそば屋があった。
すっかり昼時を過ぎていたのを思い出し、食べて帰ることにした。
食券を選んでいると、ど真ん中にある『浅草橋そば』が目に止まった。
ここに来た記念にも、『浅草橋そば』を注文することに。
すぐにそばが出てきた。
あげ玉、油揚げ、山かけ入りのかけそば。
一口すすると、妻の味を思い出した。
「体にいいから」
と、なんにでも山芋をかけていた妻の料理。
妻が亡くなってからは、久しく食べていない味だった。
そばを食べていると、なぜだか妻が亡くなったことに実感が湧いてきた。
いけない……。
溢れ出た涙が丼に入らないように手で拭った。
「ごちそうさまでした」
食べ終わるころには、涙は収まっていた。
食器を返して、店を出る。
ホームで帰りの電車を待った。
これからは、こうやって知らない街を散歩するのもいいかもしれない。
妻を思い出してしまうことはまだまだあるだろうが、精一杯がんばって生きていこう。
「ガッツ!!」
私はそう口づさんで、拳を握りしめた……。
<終>
都営浅草線浅草橋駅 改札内『越後そば』
都営浅草線浅草橋駅のJR側改札を入ると目の前にあるそば屋。
広々としていて、落ち着いて食べることができる。
「浅草橋そば」はあげ玉、油揚げ、山いもが乗っていて、まさにいいとこ取り!
改札内にあるので、急いでいる時でもサッと食べれるのが魅力!
姉妹サイト? 「浅草橋を歩く。」とのコラボ企画!
今回の「いつも蕎麦にいるよ」は、Be More編集部が新たに立ち上げた地域密着サイト「浅草橋を歩く。」とのコラボ企画でした。
つまり、「浅草橋を歩く。」で紹介した「越後そば」を舞台に、「いつも蕎麦にいるよ」の短編小説も展開、同日に記事公開という、さりげないコラボレーションを実施してみたということです。
しかも、駅前でガッツを届ける「ガッツおじさん」まで物語に登場させるという演出まで!
どちらのサイトも盛り上がってもらえればという意味で、「浅草橋を歩く。」にも飛べるようにしておきますー。
越後そばとは?
電車を降りてサッと寄れる!浅草線の改札内にある「越後そば」で出勤前に時短朝食
ガッツおじさんとは?
人に元気を届ければ、自分に返ってくる。たいこ茶屋大将・嵯峨完さんインタビュー[前編]
浅草橋を歩く。とは?
「浅草橋を歩く|台東区非公式ガイドブック」は、浅草橋エリアを中心に台東区の「食」や「観光スポット」を紹介していく地域密着型の情報サイトです。